なんのためにブログを書くのか?ブログは自分が主役のメディア。
気がついたら1ヶ月近くブログ更新をしていなかったけれど、この間にももちろんいろいろなことがあり。
すでにリアルタイムとはいかないけれど、一つずつ振り返りながら投稿していけたらと思います。
書きたいこと、挙げておこう。
- この秋に撮影させていただいたお客様とのエピソードと写真の紹介
- 第3回こども写真はじめの一歩の開催報告
- 住宅展示場での写真講座の開催報告
- こどもスケッチのワークショップに参加して
- 毎朝10分スケッチはじめました
- わだっちクリスマスマーケット
- 日々のゼミ秋のアトリエに参加して(講座作りに自信がついた)
- 次男の耳鼻科通い(担任の先生の言葉の力)
- 長男の筆箱切り刻み事件(思ったことはやってみるvs物を大事にするバランス)
- 給湯器が壊れて銭湯通い
- ネガティブな感情を感じ切る
- 個人の仕事と組織の仕事のボリュームバランス
- 毎日遅刻せずに学校に行けるようになってきた娘の話
- コラージュの会に参加して
- 講座のテキスト作りが楽しい
- 12パーソナリティー診断(冒険者)
- 向いている仕事向いていない仕事(自分の適性を把握する)
100日連続更新をしていたのに、そのあと1ヶ月も空いてしまったのは、ひとえにブログ更新の優先度を下げたから。
他にも「今日、明日中にやらねば!」ということがなぜかいつも目白押しなので(みんなどうなんだろう??)、優先度を一つ下げると簡単に明日に回されてしまう。
ブログは書かなくても死なないし、誰に怒られるわけでもないし、今のところは一日サボっただけで売り上げに響くというような危機感もない。
だからいとも簡単に更新しない日が積み重なっていくのだけど、そうしていると、だんだんとモヤモヤした気持ちが募っていくことに最近気がついた。
モヤモヤの原因
まず、初めて会う方にブログを紹介するとき「最近更新してないですけど」って言い訳めいたことを言いたくなってしまったり(実際言ったり)して、「あ、わたし、更新してないことを引け目に感じてる」と気づいたり。
そうじゃなくても、なんだか無性にモヤモヤして整理しきれない感情が自分の中に溜まっていくのを感じて、それで改めて「ブログを書くことがデトックスになっていたんだ!」と気付かされた。
そうかー。何よりも自分のために書かなくてはいけないんだな。
生きた痕跡を残す
それと最近、「生きた痕跡」みたいなことを考えるようにもなって。(あ、別に余命何年とかじゃないです。)
それは写真を撮っているとき(撮ったものを振り返るとき)に特に意識するのだけど、わたしが今ここで他人の家族の間に入って撮る写真の意味ってなんだろう?とか、それが後々どんな意味を帯びてくるのだろう?とか。この家族にとって、どんな「痕跡」として刻まれていくのだろう、とか。
あるいは、写真を教える場面では、わたしの放った一言で写真にどっぷりハマるようなことがあれば、それな確実にその人の人生に「痕跡」を残したことになるよな、とか。
またあるいは「親」という立場においては、「子ども」という存在をこの世に生み出した以上、それはまがいもなく世の中に「痕跡」を残したことになるし、「母親」という存在そのものは良くも悪くも圧倒的な存在感を持って彼らの中に生き続けるんだろうとも思う。
でもそれらって、別にだれかが取り上げてくれるものでもないし、やっぱり自分で記録していくべきものじゃないかなぁと、それが何より自分のためってことになるんじゃないかなぁ。
自分のことは自分で一番丁寧に扱ってあげないと。
ブログは自分が主役のメディア
ブログという「自分が主役のメディア」を持つことは、自分を大切に丁寧に扱っていくための一つの手段。
ここでは誰にも制限されずに、自由に思ったことを書けるし表現できる。
そのことで心が自由になる。他人ともつながれる。
「自分は普通の人間だ」と思っている人にこそ、ブログを書くことをオススメしたい。
わたしだって何一つ特別なことはない「普通の人間」だけれども、書く!書ける!というただそれだけで、すごく自由になれる。
そんなわけでこれからも書き続けますので、どうぞお楽しみに。